イケブクログ

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ブームから10年後の“オタクの聖地”秋葉原の今

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かつての熱狂も過ぎ去り、ブームの果てに何が残ったのだろう?

 

秋葉原の過去と今とそれから

 

今日は秋葉原に行ってきました!

日々オタク街の研究に余念がない……なんてことはなく、ただ単純に買い物に行っただけなんですけどね。とはいえ別に秋葉原じゃないと揃わないかと言えばそんなこともなく、池袋でも十分だったのですが、オタクである以上たまには秋葉原に行かないとなっていう意識高い系っぷりを発揮してました(笑)

 

しかし、日曜だと言うのに人が少ない!

歩行者天国もようやく再開したというのに人が少なくてビックリしました。そして、これはずっとそうなのですが、外国人観光客がとても多い。これはオタク街、電気街という秋葉原の持つ世界的に珍しい対外的イメージが反映されているのでしょう。

 

さて、今から10年前、秋葉原は熱狂に包まれていました。いや、熱病に侵されていたとでも言うのでしょうか、オタクにとってはロクでもない思い出しかない秋葉原ブームが起こって秋葉原に人が急増。歩行者天国でもキチガイが跋扈するように挙句の果てにあの事件が起こり歩行者天国が長らく中止になっていたのはご存知の通り。

 

久しぶりに秋葉原に行ってみて、あの頃と今、どっちが良いかと言えば間違いなく今の秋葉原の方が良い。それは勿論、あの頃と比べてという意味であり、それ以前の秋葉原とはまた違ってきているのですが、それでも人は減っても現在の秋葉原の方が落ち着いて喧騒の中にあった頃よりも秋葉原はようやく元のゆるやかに変わる街、秋葉原の姿を取り戻しつつあります。

 

今の秋葉原を歩きながら感じた感情は、ただただ懐かしい。

何故だか奇妙な懐かしさが去来しました。

 

この感情は何なのかと考えてみると、多分それは京都に感じる感情と同種のものではないかという気がしています。古都、京都。古き日本の原風景を残す街として、景観保護法などもあり、京都は観光地としても有名です。そうした古き日本の姿を残す街としての京都に感じるのと同じような感情を秋葉原に持ちました。

 

だとすれば秋葉原はやはりオタクにとってレガシーな街になりつつあるのかもしれません。確かにそこには一見すると古き良きオタク街の景色、風景が残っています。しかしそこに新しさや可能性を感じる事は出来ない。

 

心の故郷とか重力に魂を惹かれたとかそんなやつですよ(笑)

スペースノイドが地球に惹かれるみたいな話なのでしょう。

 

オタクにとっての秋葉原はアイコンみたいなもので、そういう意味ではこれからきっといつまで経ってもオタクの聖地は秋葉原この認識は変わらないのではないか。

 

10年という時間の中で秋葉原はオタクの心の聖地になったような気がします。だからこそ、秋葉原に行くと懐かしさを感じるのではないか、古きオタク街の姿に安心するというか、魂の故郷とでも言うのでしょうか。

 

それはオタク街としての発展が円熟を向かえた事を意味し、秋葉原がオタク街として最前線にいる必要はもうなくなったということなのかな。そしてそれは秋葉原の役割が終わったことを意味していて、それを引継いでいるのが池袋の現在なのでしょう。

 

池袋を語る上で、秋葉原とのオタク街の比較は一つの重要な視点としてありますが、この2つは同じ時間軸で語るものではなくて、秋葉原の役割が終わったからこそ、次に池袋に求められていることは何かという事を考えながら街作りが進められていっています。それは単純に、男性層が強い街から女性層が強い街という変化もそうですし、中心とするコンテンツなどにも違いがあり、果たして池袋の10年後はどうなっているのでしょうか、楽しみですね。

 

この10年で変わったのは、秋葉原でビラを配ってるのがメイドからJKになったとかそんな小さな変化は沢山ありますが、それも今の秋葉原が持つ魅力的なレガシーさとして、これからもきっと秋葉原は『オタクの聖地という観光地』として、いつまでもその役割を持ち続けるのかなと、今日久しぶりに行ってみて思いました。

 

そういう街だからこその魅力っていうのも当然あるので、秋葉原にしか出来ない事はまだまだありますから、これから先の秋葉原もこれまで程のスピード感ではないにせよ、その姿を少しずつ変えていくのでしょう。

 

文化遺産みたいな街ですよ今の秋葉原は。

そして何百年後とかに地中を掘り返したら美少女フィギュアが埋まっていて、出土品とかいって昔の文化遺産として飾られたりするんだろうな(笑)